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ウズベキスタンの皆様のお心。

2012/05/18 (金)  カテゴリー/●韓国は無視の主に楽しいお話です^^

今回のエントリーはもちろん私が書いてはいますが、煉羊羹様という方が書かれたと申し上げても過言ではありません。と申しますのは、今回ご紹介する下記URLは、私のブログを応援してくださりいつも私を一生懸命励ましてくださる、HN:煉羊羹様が以前教えてくださった動画だからです。

国旗の重み 建築編~悲しき誇り~クリックしてください。

こちらをクリックしていただければ少しでも多くの日本人の方に真実を知っていただけます。
↓お読みいただきありがとうございました。


ここからはビデオの内容を書きますので、目が不自由な方以外はスキップされてください。

yo-ya様、お元気でいらっしゃいますか?その後お体の調子はいかがですか?目が不自由でいらっしゃるのにいつも私のブログを音声でお読みくださり本当にありがとうございます。ビデオの内容を説明しますね。

ウズベキスタンに抑留されていた日本人捕虜の方々が、抑留中に捕虜としての命令を受けウズベキスタンでナヴォイ劇場と呼ばれる劇場を建設なさいます。その建設過程はとても過酷で、空腹・1ヶ月に1回のみのシャワー等を耐えられながら予定を短縮し完成させます。その捕虜の皆様の態度に感銘を受けたウズベキスタンの皆様ですが、過酷な重労働に耐える捕虜である日本人を見た現地の子供達が食べ物を差し入れます。すると捕虜の皆様はそのお返しとしておもちゃをお作りになって精一杯の恩返しをなさいました。

そのタシケントの街をマグニチュード8.0の地震が襲いましたが、現地の建物が3分の2崩壊したにもかかわらずその劇場はびくともしませんでした。

ある時ソ連政府はウズベキスタンにある日本人墓地を更地にするように命令しましたが、日本人捕虜の方々をご覧になっていた現地の方々はその命令に背き日本人墓地を守ってくださいました。時は経ちウズベキスタン独立後、中山恭子全権特命大使がスルタノフ首相(当時)に日本人墓地を整備させてくださいと頼まれました。すると首相は、”今まで整備できていなかったことが恥ずかしい。私達が責任を持って整備します。”と仰いました。またウズベキスタンは提案として、建設中のタシケント市の公園を桜で埋められないだろうかと仰いました。今ではそちらはさくら公園と呼ばれています。また、ナヴォイ劇場には日本語で日本人が建設したと書いてあります。

yo-ya様、上手く要約出来なくてごめんね^^;


今回の韓流情報は、韓国人の方でこのようなエピソードをお探ししたのですがありませんでした。
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タグ : ウズベキスタン

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