スポンサーサイト

--/--/-- (--)  カテゴリー/スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

片道航空券。

2012/09/28 (金)  カテゴリー/●在日韓国人。

大変長いのですがどうしても分割させていただきたくないので、お時間がありましたら是非お読みください^^


以前ご紹介した私のネパール人の友人なんですが、その方は現在ネパールにいます。同じ学生です。今では直接会う機会は当然無いのでよくチャット等をします。いつも日本の漫画で覚えたという日本語をたくさん私に使っています。武道に大変興味があり将来は日本の侍になりたいそうです^^;とても仲良くなった後、放課後にある時二人で大切な友人以外には話さないことを話した時がありました。(ちなみに私の友人との個人的体験談をブログに書くことは友人達の許可を得ています。)
----------

今日は彼女とデートだった。体調が悪かったのに無理矢理一緒に映画を見に行かせられた。本当に頭が痛くて映画なんかどうでも良かったけど、大好きな彼女が喜んでいたからとても幸せだった。

でも今この瞬間は全く他のことで頭が痛い。17年間生きて来てこんなに苦しい思いをするのは人生で初めてだ。誰にも会いたくないし誰の顔も見たくなくて特に父親の顔が見たくない。

体調が悪くても幸せに感じながら帰宅したら、とても真面目な顔をした両親に呼ばれた。何も悪いことはしていないのに何の用かと思った。

”・・・お前が高校卒業と同時にネパールに永遠に帰国する。心の準備をしておくように。”
”どういうことだよ?”
”法律だからだ。お前にはビザが出ない。もう大学生になるからだ。”
”詳しく説明しろよ。”
”お父さんの仕事には契約(グルカ兵です)がある。ちょうどお前が高校卒業と同時に契約は終わる。お父さんの仕事が終わればお前にはビザは出ない。お父さんの年齢等、シンガポールの法律から出国しないといけない政府とお父さんとの契約だ。”
”ビザって・・・俺はシンガポール人でネパール人じゃない!”
”お前がこの国に住むのにはビザがいる。お前はシンガポール人じゃないからだ。”
”でも俺は生まれた瞬間から今の瞬間までこのシンガポールにいる。途中からシンガポールに住んでいるわけじゃない。俺はシンガポール人と信じてこの国で生きて来たんだ。お前(お父様のことです。言葉は悪いですが17歳の男の子がお父様と喧嘩している回想なので。)みたいに途中からシンガポールにいるわけじゃない。ネパールは何回か旅行に行った国としか思ってなかった。”
”・・・法律は法律だ。お前がどれだけシンガポールにいたいと思ってもお前はこの国では外国人でビザがいる。残念ながらお前はみんなとは違う。お前のシンガポール人の友人達は当然この国に住む権利がある。でもお前は外国人なんだ。”
”俺の両親はネパール人で俺の血がネパールでも、俺自身はずっとシンガポール人だと信じて来たんだ。そしてシンガポールを愛しているのに、どうして俺がこの国を去らないといけないんだ?!”
”もう話すことはない。法律は法律だ。”

”じゃあ、俺だけシンガポールに残るよ。”
”お前だけシンガポールの大学に行かせることを約束したら、年の離れたお前の中学生の妹はどうなる?彼女だってシンガポールにいたいと思うぞ。家の教育方針では、寄宿舎があったとしても中学生の女の子を親元からは離さない方針だ。”
”そんなこと知るか。全部お前らの都合じゃないか!”
”お前はお兄さんだ。妹のことを考えろ。それでもお前がシンガポールの大学に行きたいと思うのなら、今から高校を退学してでも働き自分の稼いだお金でもう一度高校へ通い大学へ行け。そんなことできるのか?お前にはビザも無くなるんだぞ。ここでどうやって働くんだ?それでも良いのか?”
”・・・”
”シンガポールを去る心の準備をさせる為にネパールへの帰国のことを話した。心の準備をしなさい。”
”ふざけるな!”

親に手は出せないと分かっている。でも感情をコントロールできなくて薄型の大型液晶テレビを空手の技で蹴っ飛ばした。壊れたようだ。足も怪我してしまった。お母さんは泣くし、お父さんは怒鳴って更に喧嘩になった。俺は部屋に戻った。そして一人で泣いた。もう何時間も経った。お腹がすいた。彼女からの電話にも出る気にならない。

俺はシンガポール人として生まれて、シンガポールで教育を受けて、シンガポール人の友人達と過ごして、シンガポール人の彼女がいて、シンガポールの価値観を持って生きている。どうしてそんな俺をこの国は捨てるんだ。いや・・・悪いのは俺の愛するシンガポールじゃやない。父親だ。

台所に行ったらお母さんが壊れたテレビの前でまだ泣いていた。お母さんは女性だから俺は申し訳なくて謝った。お母さんは未だ泣いている。俺はシンガポールを去りたくないとお母さんの前で泣きそうになったけど、お母さんとはいえ女性の前で泣けるかと思って必死で堪えた。妹が来た。

”お兄ちゃん、私達ネパールに帰らないといけないの?”
妹が泣いている。いつもは妹なんてどうでも良いと思ってたけど・・・妹が可哀想だ。
”うん。俺達シンガポールを離れないといけないんだよ。”
”私は嫌だよ。シンガポールで生まれて育ってずっとシンガポールだけを愛して来たのにどうして帰らないといけないの?ネパールのことは何も知らないよ。私達はネパール語も話せないんだよ。友達とも別れないといけないの?”
”・・・”
俺は泣きたくてたまらなかったけど妹とはいえ女性だ。女性の前で泣けるか。壊れたテレビを一応元の場所に戻した。このテレビが元に戻ることはもうない。お父さんお母さん、ごめん。台所に行って飲み物を飲んだ。何も食べる気もしない。

次の日、何も無かったかのように学校に行った。彼女が怒って近寄って来た。
”昨日の夜どうして電話を無視したの?”
”放課後に話すよ。今はごめん。”
”・・・”

放課後彼女と話をした。
”俺、ネパールに帰らないといけないんだ。昨日お父さんに言われた。”
”どうして?!”
”シンガポールの法律とかお父さんの仕事の契約とか・・・”
”私達2年間も付き合って来たのに無理矢理別れないといけないの?遠距離恋愛なんか嫌だ。”
”・・・”
”どうにかしてシンガポールに残れないの?”
”・・・残れない。俺がどれだけ抵抗したって法律は法律だ。”
”でもあなたはシンガポール人よ。みんなそう思ってる。”
”俺だって生まれて来た時から何も疑わずにシンガポールを愛して来たよ。ずっとシンガポール人だと思って生きて来た。ネパールのことは単なる観光しに帰る所にしか思ってなかったよ。”
”・・・”

帰宅すると、
”お帰りなさい。辛いのは分かるけど分かってね。お母さんだって、あなたが愛するシンガポールにあなたをずっと住まわせてあげたいけどあなたはシンガポール人ではないのよ。本当にごめんなさいね・・・”
お母さんがまた泣き始めた。先に帰宅していた妹もまた泣いている。

俺は死んだほうがましだと思った。でも俺は男だ。泣くわけにはいかない。シンガポールを去らないといけないのなら去るだけだ。でも俺は死ぬまでシンガポール人だ。ネパールが憎いのではない。ネパールは俺の両親の国だとしか思っていなかっただけだ。ずっとシンガポールにいて純粋にシンガポール人としてシンガポールを愛して来たのに・・・

それから月日は流れて、シンガポールを去らないといけない時があっという間に来た。

親友とも友人達ともお別れをした。空港に見送りには来ないでくれと言った。来られたら俺は本当に気が狂う。でも彼女だけは死んでも見送りに来ると譲らない。

この住み慣れた家とも強制的にお別れだ。思い出の品も捨てた。思い出の品を一つ一つ見ながら荷造りをして来た。その作業が一番辛かった。捨てたくない物も無理矢理捨てた。ネパールで思い出したくないからだ。でも大切な親友達との思い出の品は捨てられなかった。子供の頃からの親友との思い出の品。それから彼女がくれたプレゼント。

出発前、俺の部屋には当然何も無くなった。ただ空間があるだけだ。家の中にはもう何も無い。

出発の時が来た。彼女は直接空港に来る。妹がまた泣いている。一番泣きたいのは本当は俺だ。でも泣いているところなんか見せられない。サングラスをかけた。真っ赤になった目を見せない為に。もう一度俺の部屋に戻った。俺は本当に泣いてしまった。あわてて涙を拭いてサングラスをかけた。

俺の思い出と愛するシンガポールにここでさよならをした。シンガポールに怒りや不満なんか何も無かった。男だから受け止めた。

空港に着いた。チェックインをして彼女との待ち合わせの場所に。彼女が泣きながら俺に近づいて来た。
”帰らないで。”
俺は何も言えなかった。一生懸命泣くのを我慢しているからだ。
”次はいつ会えるの?”
”・・・”
そんなこと俺が一番知りたい。
”これ・・・プレゼント。ネパールは寒くなるでしょう。シンガポールじゃないんだよ。内緒にしてたけどマフラーを編んだの。”
”・・・ありがとう。”
どうにかありがとうは言えたけど必死で泣くのを我慢していたからそれ以上は言えなかった。真っ赤な目とサングラスを通してそのマフラーを見たら、残念だけど上手に編んだと言える物ではなかった。でも本当に本当にうれしかった。

それからは彼女とは何の会話も無かった。彼女は泣いているだけだし、俺は泣くのを我慢して彼女に何も話せなくて、サングラスをかけてこのシンガポールの空港でマフラーを巻いている単なる変な奴になっているだけだった。次にいつ彼女に会えるのだろう?次にシンガポールに来られるのはいつだろう?生まれてからのシンガポールでの思い出が次々と蘇った。

”そろそろ行くわよ。”
大分時間が経って、お母さんが本当に優しい声でそう言った。俺は未だお父さんが許せなかった。何で俺がこんな思いをしないといけないんだ。

”そろそろ行かないと・・・”
涙を堪えて堪えて堪えてやっとのことで彼女に言った。
”・・・さようなら。”
彼女が一言わざとさようならと言って、”see you again”とは言わなかった。俺に怒っていたからだ。

お母さんが俺にチケットを渡す。片道航空券。戻ってくるわけじゃないから往復じゃない。片道だ。片道なんか嫌だ。でもそれが俺の人生で運命なんだと受け止めた。

その片道航空券を握りしめて彼女に最後の挨拶をした。涙を我慢できなかった。サングラスの下から口元まで涙が落ちて来た。俺は男(性)だ。誰にも見られないように涙を一生懸命隠した。

シンガポールを出国した。飛行機が離陸した。俺の人生は終わったと思った。そしてネパールに着いた。空気も何もかも違う。そのネパールは俺の国ではなく、俺の愛する祖国はシンガポールで俺はシンガポール人だともう一回心の中で呟いた。

だけどそれから月日が流れて・・・ネパール語を話せない俺はここネパールでは外国人扱いだ。でも今では親友も多くできた。親戚もいる。素晴らしい国だ。ネパールのことで嫌いなことなんか何も無い。大切な祖国だ。大学も楽しい。ネパールのこともシンガポールのことも貶すことは何も無い。どちらかが優れている国だと言うつもりもない。ネパールで外国人扱いされても、ネパールを嫌いになることもネパール人に何かを思うことも何も無い。どちらも愛する祖国だ。
----------

”え?「ネパールにいて、シンガポールではこうこうで・・・」と言って、シンガポールを持ち上げたくならないかって?”
”うん・・・”
(話を聞いて一人号泣している私が聞いています。)
”無いよ。”
”じゃあ、シンガポールに戻ることができたとしたらその時に、「ネパールではこうこうで・・・」とネパールを持ち上げたくなることはないの?”
”無いよ。”
”どちらかのみに感情移入することはないの?”
”無いよ。”
”何で?”
”シンガポールもネパールも俺の大切な祖国じゃないか。どちらかを貶すことなんて絶対に無い。シンガポールもネパールも俺の大切な国なんだよ。むしろどちらも褒めまくりだ。”
”でも、シンガポール人として誇りを持っていて今もその気持ちは変わらないんでしょ?”
”生まれてから18年間過ごしたシンガポール。俺は今でもシンガポール人だ。シンガポールを愛しているしシンガポールに誇りを持っている。でもネパールも俺の祖国。帰国してネパールのことを学んで今ではネパール人としても誇りを持っている。でもシンガポールのことは忘れはしない。俺はネパール人でシンガポール人だ。どちらの国も心から愛する人間だ。”

”言い方は悪いけど、いくら法律や契約とはいえ、生まれてから18年間もシンガポール人として生きて来てシンガポールに貢献して来たお父様がいらっしゃるのに、契約とはいえある意味シンガポールから、シンガポールでずっと育って来たあなたが容赦無く追い出されてもシンガポールを恨まないの?”
”ははは。俺は男(性)だし強くいなければ。追い出されたなんて思ってないよ。決まりごとは決まりごと。何があったってシンガポールを愛する気持ちは変わらない。”
”○○(私の名前です)に聞かれて、シンガポール観光やネパール観光のお勧めの場所を話す時、俺はどちらも楽しそうに話している?”
”うん。”
”どちらも俺の大切な祖国だから。お父さんを一瞬でも恨んだこと。あれはまだ俺が17歳の子供だったからだ。もちろん今は恨んでもいない。”

”・・・荷造りする時や空港での別れの時辛くなかった?”
”辛かったよ!!でも俺は男(性)だ。最後の瞬間以外はどうにか泣くのを隠せた。どうにかサングラスで^^;”
”・・・ううう・・・”
”何でまた○○(私の名前です)が泣くんだ?”
”だって、それだけシンガポールに誇りを持ってシンガポール人としても今でも心の中では生きているのに・・・泣いてしまうよ・・・”
”バカだなぁ。ハンカチは?俺は今ハンカチは持ってない。○○のバッグの中!日本人の女の子はハンカチを持ってる。本物の日本人の女の子と接したことがある男性は知っている!”
彼は私のバッグの中からハンカチを取り出しました。

”・・・ちょっとだけ真面目なことを聞いても良い?”
”うん。”
”あのね、在日韓国人という方々が日本にいらっしゃってね、日本を愛せないと仰って、「FUCK愛国心!」と仰ったり、日本で性犯罪や凶悪犯罪を多くするの。そしていつも日本を貶して祖国韓国に貢献すると堂々と仰るの。日本のこともバカにしたり、日本人女性をまわしてやると発言したりするの。日本国内での反日ロビー活動もすごいの。日本は生活保護費や多くの特権を在日韓国人にあげているのに・・・卑怯でね、通名も使うの。とにかく日本のことを貶すの。あなたとは全然違う。”
”何で日本で生まれ育った日本を貶すんだ?冗談言ってるの?俺には全く理解できない。日本で生まれ育ったのなら日本という祖国を先ずは愛するだろう?それから愛するもう一つの祖国韓国のことも誇りに思って韓国名を日本で使えば良いじゃないか。日本も韓国もどちらも大切に正々堂々と愛すれば良いじゃないか。どちらの国にとっても良いことをすれば良いじゃないか?どちらの国の人からも好かれるように努力すれば良いじゃないか。何で日本で生まれ育って日本を貶すんだ?もう一つの祖国韓国で日本を褒めようとも思っていないのか?”
”うん・・・”
”変な人達だな。俺に付き纏った後に、今度はFB上でストーカーしていた韓国人女性もすごかったもんな。”
(これについてはまた書きます。)
”・・・”

”何で生まれた祖国の日本を愛せないんだ?俺には理解できないよ。俺は今でもシンガポール人。シンガポールという祖国を愛している。そして今ではネパール人でもある。ネパールも祖国として愛している。どちらも愛している。貶そうなんて思ったこともない。どちらも大好きだ。どちらの国でも、どちらの国の友人の前でも、家族の前でも親戚の前でも、堂々とシンガポールもネパールも愛していると発言するけど。それにどちらの国にも愛情しかないし。”
”失礼だと誤解しないで欲しいのだけど、シンガポールとネパールでは国力に差があるでしょう?そこで何か思うことはある?”
”そんなの関係ないよ。どちらの国も俺の祖国だと心で感じるんだ。ただネパールでは俺の大好きな日本の洋服を買うことは難しい。それだけがちょっと不満^^;”

”シンガポール政府に永住ビザを出して欲しいとは思わないの?”
”それが無いと言えば嘘になるけど、決まりは決まりだ。事実を受け止めるべきだ。男性だから不満なんて何も無いよ。俺は子供の頃から男性らしく生きることを日本から学んだ。俺の好きな日本の侍と一緒。俺は侍になる為にシンガポールで子供の頃から空手を習ったんだ。侍は男性の中の男性だから憧れたんだ。不満なんて言わない。俺は女じゃないから○○(私の名前です)みたいに泣かないんだよ^^”
”空港じゃ泣いたのに?”
”それは一生の秘密。”
”じゃあ、男性の中の男性は嫌うようなかわいいカフェにでも今から連れて行ってあげようか?^^この前見つけたんだ。残念なことにあまりケーキは美味しくない。でも家具は全部白でロマンティックでさ。それとこの前のお礼も兼ねて。”
”それは行こう!”

”もう一つ聞いても良い?”
”うん。”
”シンガポールで働こうとは思わないの?”
”思うよ。だから一生懸命ネパールで勉強して、シンガポールで採用したいと思われるような魅力的で立派な大人にならないと。でもネパールも大切な祖国だから。”
”日本には来たくないの?”
”前も言ったけど武道で留学はしたい。でも日本はぜーんぶ敷居が高くて憧れで終わり。ほら、カフェに行こう。”
”うん。行こう行こう。”

その方にお会いしたのは大学内です。彼は休暇を使ってまたその他の個人的な事情から、バンコクに遊びに来ていらっしゃいましいた。その中で短いあるコースを少しだけ休暇を使って勉強していました。

初めてその方を見た時は、日本人に見えるけど何かが微妙に違うからシンガポール人か香港人かな?と思っていました。外見だけだと日本人のように見えました。「何でこんな所に日本人女性がいるんだ?怪しい人物だろうか?」と思ってその方が私に大学内で話しかけて来たのがその方を知ったきっかけです。もちろん彼は私に女性としての興味で話しかけて来たのではなくT_T、怪しい人物だと興味を持ったそうです・・・T_Tそして私が英語を話しているのを聞いて益々怪しいと思ったそうです。私も、「何だろうこの方?外見はシンガポール人か香港人かもしかしたら日本人だけど、話す言葉は英語のみってどういうこと?」と思って怪しいと思っていました。お互いに怪しい人物だと思っていたんです。

その方は例の彼女とは、その方がネパールに帰国されて1年で破局となりました。彼が一回SGへ。彼女が一回ネパールに来たそうです。別れる時もお互いに好きだったそうですがお互いに話し合った上での決断だったと言っていました。ネパールに戻って8ヶ月位して初めてシンガポールに行けたそうです。約1週間の滞在だったそうです。ご両親の大切なお金を使ってSGに行ってしまったと今では罪を感じているそうです。でもご両親がにこにことして、”SGへ遊びに行ってらっしゃい。”と送り出してくれたそうです。

”チャンギ空港よりバンコクの空港の方が大きくないか?バンコクで乗り換えをしないといけなかったんだけど、荷物を背中に背負って左腕にも右腕にも荷物。重いし大きいし。全部ネパールからシンガポールにいる彼女へのお土産だった。一生懸命空港内を乗り継ぎの為に走った。乗り換え時間はギリギリだった。でもどれだけ重くてもどれだけ走らないといけなくてもあの時はとても幸せだった。今思うとあの旅行の中では、バンコクで乗り換えをしている時が一番幸せだった。シンガポールに着いた瞬間に、ネパールに帰国まであと何日とまたカウントダウンしないといけないということだったから。往復航空券で来たって、ネパールに帰国する時はまた片道航空券と一緒だったのだから・・・”

それを聞いた時、私はもう何も言うことができませんでした。

日本語も一生懸命勉強してくれていました。やっぱり漫画が好きでした。日本人の名前は漫画で覚えると言っていました。それからファッション。そして彼の場合は武道。もちろん和食も大好きだと言っていました。ネパールでもよく和食を食べるそうです。下手したら毎日食べに行くと言っていました。リップサービスでしょうが、日本のことでは嫌いなことは何も無いと言っていました。とにかくいつも、”男性の中の男性の侍になりたい。その目標を持って育った。”と言っていました。ただ日本に不満が一つだけあるとすれば、”日本は全ての敷居が高いー^^;留学したいけど・・・”と言っていました。もちろんそれも良い意味でです。

彼がよく言っていたのは、”侍は名誉の為に命を捧げると勉強した。それが侍だ。俺もそうなりたい。日本から学んだ素晴らしい精神だ。”

本当に「たくましくて」優しくて不平不満をどちらの祖国にも絶対に一切言わずに・・・その方のことはとても大好きでした。一切の不平不満をどの国にも言わずに、ただ現実を受け止めどちらの国も誇りを持って愛し、片道チケットで生まれてから18年間いた「祖国」シンガポールを離れて行った彼の強さに、人間としての強い魅力を感じ尊敬したのだと思います。日本人男性以外でその「精神」を心から尊敬したのは、私の人生では、恐らく日本人男性以外ではその方が最初で最後となるでしょう。

その他の方々も過去にご紹介しましたが、明らかにミャンマー人とういことで「本当の」差別をされても、おじ様がポルポト派から空港で射殺される場面を強制的に子供の頃に見させられたり、どの外国人の友人達もどれだけ辛いことがあっても、”○○のせい!”・”謝罪と賠償!”・”こちらの話(のみ)を聞け!”・”○○(政治家)に会わせろ!”・”祖国は優れているのにこの国は!”・”性暴行してやる!”等、どなたも仰いません。彼ら彼女らがどれだけまだまだ若くても(カンボジアの方はかなりの年上の方ですが・・・)

みんな現実は受け止め、自分を認めてもらう為に大変な努力をしています。口癖は、”俺達・私達は、国賓で外国にいるのではない。自分の責任で外国にいる。(日本風に言えば)郷に入れば郷に従え。差別なんて思いもしない。”です。

同じような環境にいらっしゃる在日韓国人の方々と、今回ご紹介したネパール人の方は全然違いますね。強制連行されたと嘘もつきませんし。同じようなと環境と言っても、密入国した在日韓国人の方々ともちろん合法的にSGにいたその方とでは全てが違いますけれども。

だから私は、”韓国人男性や在日韓国人男性がたくましくて優しくて日本人女性が夢中で・・・”と言われる度に笑うんです。本当にたくましい男性は、女性にどのように見られているかなんかこちらが気にして欲しいと言っても気にもなさらず、強い信念と共に邁進され、不平不満を仰らず、実は女性に大変優しく敬ってくださり、間違っても謝罪と賠償を!とは仰いません。何故って?本当に、「たくましい」男性方だからです。韓国人男性や在日韓国人男性はいつも口を尖らせて、日本に対して、不平不満・わめくです。どこが「たくましい」のでしょうか?そこまで日本がお嫌いなら、どうして愛する祖国の韓国にご帰国なさらないのでしょうか?もしかして韓国のことを本当は愛されていないのでしょうか?

本当に男性を尊敬している女性は、男性のみに「たくましさ」なんて求めません。女性も女性らしく生きる必要があり、男性にのみ何かを求めるのは違うときちんと分かっているからです。ですので韓流で、”韓国人男性は日本人男性よりたくましくてー。”と、テレビのインタビュー等かコラムの作家の方々等で仰る方が、本当に生粋の日本人女性なのかは存じ上げませんが、そのような方々はいつも、男性にのみ男性らしさ「たくましさ」を求めて、ご自身が女性として女性らしさを追及されると、「差別だ!」と怒る。おそらくあちらの国籍の方でしょう。私は本当にそれが嫌いです。韓流の表現方法は本当に気持ち悪い。

いつも口を尖らせて、”日本人は謝罪と賠償!”等を常に発言する韓国人男性と在日韓国人男性。ストーカー並の日本への執着なのに常に日本を侮辱。どこがたくましいのだろうか。女性の私でさえそんなこと言いません。本当に気持ち悪いです。日本人女性は韓国人男性に夢中と捏造で言われるのは本当に名誉毀損。

「日本を愛していない」在日韓国人の方々には、私のネパール人(シンガポール人)の友人の気持ちなんて一切お分かりにはならないだろう。何故なら先ずはその根本に、日本という祖国を愛するという気持ちが無いからだ。日本政府も毅然と、日本をお嫌いな在日韓国人の方々を彼ら彼女らが愛していると思われる祖国韓国に帰国させれば良いのになと思います。

こちらをクリックしていただければ少しでも多くの日本人の方に真実を知っていただけます。
↓お読みいただきありがとうございました。



今回の韓流情報は、”在”の違いです。
関連記事

タグ : ネパール

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。